脳ミソから「知」をひねり出すコラム『のうぢる』:No.6「創作=知識×教養×経験」



脳味噌から「知」をひねり出すコラム:創作=知識×教養×経験

なかでも『冬の夢』と『バビロン再訪』の二編はそれぞれ二十度ずつは読んだと思う。この二つの短編を幾つもの部分に分解し、虫めがねで覗くように文章を調べあげ、いったいその中の何が僕を惹きつけるのか納得のいくまで読み返した。自分でもいつかは小説を書いてみたいという気持ちがあってそのような面倒な作業を行ったわけではない。フィッツジェラルドの小説を前にして、自分も小説を書くかもしれないという思いなど浮かぶわけはなかった。小学生が目覚まし時計を分解するのと同じことだ。小説というものの秘めた底知れぬ魔力を、自分なりにただ掴んでみたい、それだけのことだった。

(『マイ・ロスト・シティー』スコット・フィッツジェラルド/訳:村上春樹/引用:村上春樹氏によるまえがき)

 

  • 作者の浅い知識を披露するために書かれたような愚作はもちろん論外だが、しかし「創作」は本来、作者自身の「知識」や「教養」の蓄積が不可欠に求められる行為だ。
  • 記憶はおぼろだが、「漫画だけを読んでも漫画家にはなれない」と言ったのは、たしか富野由悠季氏だったはずだ(間違ってたらごめん)。
  • ちなみに富野氏の愛読書(というか影響を受けた本)はまさかのドラッガー『経済人の終わり』(The End of Economic Man)である。わたしも学生時代読んだものだが、氏はそこから「権力論」の妙味を学んでいたのだ。まさかドラッガーからの影響がのちに『機動戦士ガンダム』を生み出すことになるとは、誰も夢にも思うまい。
  • それこそわたしの大好きなスティーブン・キングも「小説家が小説をたくさん読むのは当たり前」と言っていたが、その言葉の裏には「他にもっと違うジャンルを研究しろ」という戒めがある。
  • スティーブン・キングは、小説”以外”の本もたくさん読むたいへんな読書家なのだ。

 

  • 海外アーティストの多くは、絵画に関する知識もあるし、哲学書を嗜んだり好きな詩人について語ることもできる。彼らは自分の音楽が受けた影響を、音楽”以外”に求めることだってある。
  • つまり音楽であれ、映画であれ、小説であれ、漫画であれ、世に語り継がれる「名作」を産み落とした人々は、みなしたたかな”教養人”だったのである。
  • それはべつに、学歴がどうのという話ではない。たしかにレディ・ガガは大学でガッチリ音楽理論を勉強して論文もバリバリ書いていた知的エリートではあったが、その本質は、学歴とは全く別の「研究熱心さ」にある。
  • デヴィッド・ボウイは、旅先やレコーディングの際には、トランクいっぱいに本を詰めて持ち歩いていた。彼はよくトイレにこもって本の虫になっていたという。そして本や小説からインスピレーションをうけて曲が生まれていたのだ。
デヴィッド・ボウイ 愛読書 100冊 デヴィッド・ボウイ 愛読書 読書家
  • 手塚治虫は、単なる漫画オタクではない。漫画しか描けない人間が『ブラックジャック』『アドルフに告ぐ』『火の鳥』を描けるはずがないのだ。
  • けっきょく手塚治虫の名作たちも、自身の教養生命に関する独特の哲学基底にあり、それが「漫画という媒体」で表現されたに過ぎないのである。
  • 宮崎駿氏の愛読書テグジュペリの『人間の土地』である。
  • 黒澤明愛読書シェイクスピアゴーリキーである。彼はこんな言葉を残している。「名作が名作と言われるその理由を考えろ」と。
  • じつはわたし自身、脚本を書いたり脚本作りを手伝うことがある。
  • 実際に物語をつくるという経験を重ねるにつれて、偉大な創作者たちの言葉にひしひしと重みを感じる毎日を送っている。
  • そして、勇気付けられもする。先人の知恵ほど頼りになるものはない。つねに戒めと教訓を与えてくれるのだから。

 

  • 以前、本ブログの批評記事「大人のいなくなった少年漫画」でも同様のことを言ったが、近年の少年漫画は、こうした「教養」の部分をいささか軽視しているように思うのだ。
  • 創作の源泉は、つまるところ知識・教養・経験である。
  • ある人は、それら3要素をベースにしながら、一本の論文を書くかもしれない。またある人ならば、小説で自身の哲学や見解を表現する。またある人は映画にその”はけ口”を見出すだろうし、ある人は漫画のテーマに掲げるだろう。
  • なにかを生み出すとは、つまりそういうことなのである。

 

  • そう、創作をする以上は、知識や教養の問題からは逃げられないのである。
  • はっきり言ってしまえば、頭が悪ければまともな作品なんてつくれない
  • しかし、頭はいくらでも良くなれる。学歴なんていう退屈な肩書はまったく必要ない。
  • 大切なのは、物事を問う力だ。
  • たとえば「生きるとは何だろう?」――そう問い始めるだけで、すでにそこには作品の芽吹きがあるのだ。
  • そしてその問いになんらかの答えを導く手がかりが、知識・教養・経験なのだ。

 

(おわり)



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石山 広尚(いしやま ひろなお) 1991年うまれ。 札幌在住のライター。 一時期は社会学の研究者を志していたが、ひょんなことから友人と同人誌をつくることになり、それがきっかけで「創作」の世界にどっぷりハマる。小説サークルを主宰し、「批評」の重要性を痛感する。 ・大学院時代の専門:思想史と社会学 ・好きな作家:H.G.ウェルズ、オー・ヘンリー、ポール・ギャリコ、スティーブン・キング ・好きな映画:ゴッドファーザー、第三の男、ターミネーター2