今日の名フレーズ
重要なのは自分の脚本を正直に評価して、問題個所をきちんと全部見直そうと思うかどうかだ。
(『SAVE THE CATの法則』ブレイク・スナイダー/訳:菊池淳子)
第9話「かつての敵」

レビュー:40点
原作:田中 勇輝
漫画:松浦 健人
所収:週刊少年ジャンプ/2019年/第35号

第9話のポイント
- 南雲氷彗(なぐもひょうすい)の策略(?)により、社長が人質にとられ、マキ・ミズノはひとりで指定の場所に向かう。
- そこには南雲のクライアントである他事務所の社長(ヒアルロン酸ババア)が。
- ヒアルロン酸ババアは、自分の事務所に所属するか、社長と一緒に死ぬかの二択をマキ・ミズノに迫る。
- マキ・ミズノは大ピンチでさあ大変、という展開。それが今回の第9話のあらましだ。
- しかし、どうだろう。この展開をみて、「そもそもおまえはなんで敵地に単独で行ったんだ?」というツッコミをした読者も多かったはずだ。
- マキ・ミズノは、自分の命を狙う相手がロケランを容赦なくぶっ放すほどクレイジーであることは身をもって知ったはずである。
- にもかかわらず、部屋の隣にいたはずの鳴海仁とパピヨンに一言も声をかけずに勝手に敵地に赴くなんて、愚の骨頂ではないか。
- たしかに南雲から「おまえ一人で来い」というメッセージがあったのは事実だが、ふつうに考えて、それに大人しく従うのは馬鹿げているのは言うまでもない。
- というか、そのメッセージにはご丁寧に住所まで書いてある。この住所を警察に知らせるだけで相手は即御用となるわけだが、いったいなにをしたいのか……。
- ノコノコと指示に従うマキ・ミズノもたいがいだが、わきが甘すぎるガバガバ脅迫作戦を大真面目に実行する南雲氷彗も、さすがにあんまりである。
- 前回の「カキ氷機」のくだりもそうだが、真剣な場面を描くうえで観客側にツッコませるのはタブー中のタブーである。
- こうした劇中展開へのツッコミは、観客の「意識」を物語の「外側」に向かわせ、物語への没入感を妨げてしまう。
- 「メタ視点」で作品を眺めていいのは、あくまでも物語を作るときや批評を行うときだけだ。
- では、どうすれば観客に余計なツッコミをさせずに自然な流れで物語の進行を追ってもらえるのだろうか?
- 答えはいたってシンプルである。
- 論理的整合性を意識して展開運びを構成するしか方法はない。
- それが作者の大事な仕事である。
- プロットの段階で物語を冷静になって「俯瞰(ふかん)」し、全体的に不自然な部分がないかチェックする。それが作者の大切な作業のひとつなのだ。
- 少なくともこの作品は、ギャグ漫画ではない。
- コメディ要素は控えめで、わりと真面目に、「生殺与奪」の絡んだ冷酷非道な世界観を生きるキャラクターを描こうとしているはずである。
- だからこそ、展開運びの論理手的整合性には細心の注意を払わなければならない。
- 大真面目にやっているつもりなのに陳腐な内容を描いてしまうと、その時点で意図せず「お笑い」のエッセンスが表出してしまうのだ。
- これはべつに、この漫画に対する悪口として言っているわけではない。
- 「ギャグ」の根本要素には、「ギャップ」があるからだ。これは人間の普遍的な感性にもとづくきわめて重要なエッセンスだ。
- 「ギャップ」が「ギャグ」を生み出すとは、どういうことなのか?
- それについては、かの偉大なバスター・キートンやチャーリー・チャップリン、そしてローワン・アトキンソンの作品を観れば、すぐに理解できる。



- 彼らが「ギャグ」や「ユーモア」の頂点に君臨した理由は、「本人は真面目にやっているのに、はたからみるとバカをやっているようにみえる」という「ギャップ」でお笑いの本質をガッチリつかんでいるからなのだ。
- 「本人は真面目にやっているのに、はたからみるとバカをやっているように思える」――このギャップを認識したとき、われわれは「笑い」という感情が芽生える動物なのである。
- だから、もしも大真面目な展開を描こうとするなら、絶対に「なにバカなことやってんだこいつら」と観客に思わせてはいけないのである。
- もしそう思われてしまったら、その時点で、作者の望んでいなかった「ギャグ」という性質が、その作品に表出してしまう余地が生まれるということだ。
- それだけは、なんとしても避けなければならない。
- この危機を回避するには、やはりプロットでしっかりと論理的整合性のある展開運びを講じる必要がある。
- プロットを作っておけば、作品として発表するまえに、いくらでも「ツッコミ」に甘んじることができるのだ。それがプロットのいいところである。
- ツッコまれたぶんだけ、作品はブラッシュアップできる。
- しかし、事前にツッコミの洗礼を受けずにそのまま作品をつくってしまったら、あとの祭りになってしまう。
- みなさんも自分で作品をつくるときは、知り合いや友人に自分の作品のプロットを惜しげもなく発表し、忌憚なく他者からの「ツッコミ」や「批評」を受けるとよいだろう。
- たしかに傷つくこともあるかもしれないが、そのぶんだけ観客から評価されるに足る素晴らしい作品になっていくのである。
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