【実話怪談】札幌怪奇譚【第9話:バタバタ】



はじめに

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ここで取り扱う怪談は、オリジナル創作ではなく、あくまでも「実話」であることを前提としています。

「実話」というのは、語る本人が「実話だ」と主張する限りにおいてこれを定義することとします。

また、『札幌怪奇譚』は、読みやすさを追求するため、「実話」に基づきながら、著者によって文体・構成・演出の編集が加えられておりますのであしからず。

 

第9話「バタバタ」

(体験者Iさん 介護業 女性 52歳)

わたしはT区某所にあるサービス付き高齢住宅、いわゆる「サ高住」(さこうじゅ)で働いています。ここは新しく建てられたばかりの施設なので、はた目には綺麗でオシャレなつくりに見えますが、じつは昔自殺の名所だった場所が近いこともあり、建物の中では、おかしな現象が日常茶飯事に起こっていました。

深夜の施設を女の子が笑いながら走り回っていたり、生足が何者かに引きずられるように部屋からズルズルと出ていくのを監視カメラが捉えたり、もうとにかくすごいんです。

 

あるときわたしは、3歳年下の山下という女性職員と一緒に夜勤をしました。

深夜2時頃だったでしょうか。

夜回りを終え、わたしたちは玄関ホールで清掃やパンフレットの整理をしていました。

 

玄関に背を向ける形で黙々と仕事をしていると、急に、どこからともなく風が吹き込んできました。

(えっ?風なんてどこから?)

その日はとくに天候が悪かったわけでもなく、とても穏やかな9月の夜でした。それに、玄関口は戸締りを確認したばかりだし、第一、玄関は二十構造になっているので、風が入り込んでくる隙間はあるはずがないのです。

わたしは山下と顔を見合わせました。彼女も異変に気付いていたようでした。

 

そして、風が止みました。

 

と、思ったそのときでした。

ガサガサガサ!!

ものすごい音をたてながら、玄関に置いてある観葉植物が急に揺れだしました。

 

あまりに突然のことでわたしと山下は言葉を失い、激しく揺れる観葉植物に釘付けになりました。

もう風は止んでいるはずなのに、いったいどうして?

 

すると、ゴオォォ……と突風が吹きすさび、わたしの頬を撫でるように、何かが通り抜けていきました。

 

「うわっ!」

「Iさん、どうしたんですか!?」

「いま何か通り抜けて……」

「変なこと言わないでくださいよ!」

なんて言っていると、次はいきなり

バタバタバタ!!

まるで雷がすぐ近くに落ちたような凄まじい音が、玄関ホール中に響き渡りました。

 

「ちょ、ちょっと、なんですかいまの音!?」

山下は顔を強張らせました。

もちろんわたしにわかるはずもありません。

 

建物内部で異変があったのかもしれない。電気系統に深刻な故障があったら大変なので、わたしは山下と手分けをして施設を見回ることにしました。

あの異様に揺れた観葉植物や、自分の頬を撫でるように通り抜けた風が脳裡にチラつきましたが、怖がっている場合ではありません。

ところが、これといっておかしなところはありませんでした。ふたたびホールで合流したわたしたちは、首をかしげました。あれだけ大きな音がしたのに、おかしいところがないのはおかしい、と。

 

すると次は、廊下の向こうから誰かの咳き込む声が響いて聞こえてきました。すごく苦しそうで、喉に痰がつまっているような湿った咳でした。

「ねえ、いまの聞いたでしょ?」

わたしは山下にたずねました。

「え、なにがですか?」

山下は怪訝な顔で聞き返しました。

「なにがって……誰かが咳き込む声が聞こえたじゃないの。その廊下のほうから」

わたしは声の聞こえたほうに指をさしました。

「いまですか?」

「うん、いま」

「聞こえませんでしたけど……」

「そんなはずは……」

あんなに大きく聞こえたはずの咳払いが、山下に聞こえないなんてことがあるでしょうか?

「ちょっと、また変なこと言わないでくださいよ」

 

当然、このあとわたしたちは入居者さんの様子を見に行きましたが、けっきょく何事もありませんでした。

立て続けに起こった不可解な現象にすっかりヘトヘトになったわたしたちは、交代で仮眠をとりながら、またいつも通りの業務へと戻っていきました。

 

やがて、その後は何事もなく夜が明けました。

わたしは入居者さんたちのポストから朝刊を回収するため、事務所を出て玄関ホールへ向かいました。

ホールには朝日が入り込み、とても穏やかな雰囲気でした。数時間前に起こった不気味な出来事がまるで嘘みたいです。わたしはホッとしながら玄関を開錠しました。

 

しかしポストをみた瞬間、わたしは息がつまりそうになりました。

なんと、入居者のポストの扉が開いていたのです。

しかも、60個分すべて!

 

パックリと口を開けた入居者60人分のポスト……床に落ちた新聞……それはもう異様な光景でした。

一部にはロックがかかっているのに、それらも例外なく開いていました。

 

普通に考えてありえないことです。

ポストの扉は、当然、玄関側から開けるしか方法はありません。

つまり、構造上、建物内の人間にしか開けられないのです。

 

では、いったい誰が……?

玄関扉の施錠をしたのはわたしです。

そのときはもちろん、郵便物がないかポストを確認しましたが、まったく異常はみられませんでした。

 

あまりにも不可解。

ふとわたしは、昨夜の出来事をハッと思い出しました。

 

とつぜん玄関ホールに訪れ、わたしの頬を撫でたあの風……そして、バタバタバタ!!という雷が近くに落ちたかのような大きな音。

あの音の正体は、この60個のポストが開いたときのそれだったのではないでしょうか。

 

では、風のせいでポストが開いたとでもいうのでしょうか?

無理やりそう考えようとしましたが、どうにも辻褄が合いません。

 

二重構造になっている施錠された扉から、いったいどうやって風が吹き込むというのでしょう?

それに、異様なほど揺れた観葉植物も説明がつきません。あれは、風が止み終わったあとのことでした。

 

もうわけがわからなくなって、わたしは考えるのを止めてしまいました。想像を膨らませれば膨らませるほど怖くなるからです。

 

いまでもわたしは同じ職場で働いています。

相変わらず、おかしな出来事には遭遇しますが、あのときみたいな、恐ろしくも不可解な体験はしていません。

 

 

 

(第10話に続く……)



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ABOUTこの記事をかいた人

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石山 広尚(いしやま ひろなお) 1991年うまれ。 札幌在住のライター。 一時期は社会学の研究者を志していたが、ひょんなことから友人と同人誌をつくることになり、それがきっかけで「創作」の世界にどっぷりハマる。小説サークルを主宰し、「批評」の重要性を痛感する。 ・大学院時代の専門:思想史と社会学 ・好きな作家:H.G.ウェルズ、オー・ヘンリー、ポール・ギャリコ、スティーブン・キング ・好きな映画:ゴッドファーザー、第三の男、ターミネーター2