【実話怪談】札幌怪奇譚【第1話:友人の失敗】



札幌怪奇憚とは?

 

札幌の怪談を九十九個集めて本にする――。

ライターとして、わたしが前々からやりたかった企画のひとつです。

このまえ友人と飲んだ席で、ついにこの企画を宣言してしまったので、いよいよおっぱじめることにしました。

 

ここで取り扱う怪談は、オリジナル創作ではなく、あくまでも「実話」であることを前提としています。

「実話」というのは、語る本人が「実話だ」と主張する限りにおいてこれを定義することとします。

また、『札幌怪奇譚』は、読みやすさを追求するため、「実話」に基づきながら、著者によって文体・構成・演出の編集が加えられておりますのであしからず。

 

 

第1話:友人の失敗

(体験者Aさん 広告業 男 33歳)

 

これは、俺がH大学にいたときの話なんだけどな。

 

当時、よく一緒につるんでいた同期の仲間に、いわゆる「霊感」持ちのやつがいたんだよ。名前は岡本っていうんだけど、かなり霊感が強いらしくてね。

たとえば外なんか歩いていたら、人間に混じって信号を渡る幽霊とすれ違うのは日常茶飯事なんだってさ。

ヤバイよな? テレビとかでよくそういう話を耳にするけど、マジでそんなことあるのかって、当時の俺は驚いたもんだった。

 

「目を合わせないようにするのが大変なんだ」

岡本はよくそう言ってたっけな。実際、かなり悩んでいるみたいだった。目を合わせてしまうと、幽霊は、自分のことがみえる人間についてきちまうんだってよ。おっかない話だわ、ほんと。

 

「霊感」を信じているのかだって? 正直、そんなことはどうでもいいなんて思っていたこともあったよ。幽霊がいようがいまいが、俺には別に関係なかったし、興味もなかった。

少なくとも、岡本と出会うまでは。

いまなら「信じる」と言いたいね。岡本と一緒につるんでいたら、誰だってそう思うはずだよ。

 

証人は俺だけじゃない。岡本を連れて、他の仲間と買ったばかりの中古車でドライブしたときは、ほんとうにゾッとさせられたね……このドライブの出来事はまた今度話すよ。

 

まあとにかくだ、「みえすぎる人間」の苦労なんて俺たちにはわからないけど、相当気の毒だと思うね。誰にも理解されない悩みだしな。

だからこそ岡本は、幽霊をみかけたら絶対に目だけは合わせないようにして生きてきた。幽霊の存在を感じても、目と目さえ合わなければ、厄介なことにはならないからな。

ようするに外出するときは、周囲にかなりの注意を払う必要があるわけだ。大変だよな。家から一歩出るたびに身構えなきゃならないなんて、そりゃあ苦労するはずだよ。

 

だけどそんなあいつが、一度だけ大失敗を犯したことがある。

これは、俺が本人から聞いたなかで、いちばん鳥肌が止まらなかった話だ。

 

ある日、岡本はいつものように、通学のためにT駅からH大に向かうバスに乗ったんだ。昼間のことだ。バス停にいた客と一緒に乗り込むと、さっそく岡本は席を探した。

そこそこの込み具合で、席はだいたい埋まっていた。

すると岡本は、車内のある光景に目がいった。

 

ほら、バス車内の開閉ドア側にさ、一人用の座席シートが何列か並んでいるだろう? あそこに腰を下ろしている乗客の一人が、なんと廊下側に両足を投げ出していたらしいんだよ。

とんでもなくふてぶてしいというか、図々しいというか……。見た目は中年の男だった。

 

そんなのをみたらさ、誰だっておかしいと思うよな。

そのとき岡本は、あの座席には、酔っ払いでも座っているのかと思ったらしいんだ。まあ、そう思いたくもなるよな。

だけどすぐにそうじゃないことに気づいた。

 

なぜかって? 簡単な話さ。車内に乗り込んでいく乗客たちが、放り出されたその両足をまったく気にも留めずにいたんだもの。

いやそれだけじゃない。乗客たちは、まるでそこに何もないかのように、その両足を踏んずけて先に進んでいる。

そう、つまりその座席にいるやつは酔っ払いどころかそもそも人間じゃなかったんだ。

 

「まいったな。よりにもよって通学バスに幽霊だなんて」

 

乗客のあとに続きながら、岡本はそう思った。毎日このT駅からバスに乗ってきたけど、これまでは幽霊と遭遇することなんかなかったし、さすがの岡本もけっこうビビったらしい。

だけど、目さえ合わせなければ問題はないはずだった。そうやっていつもやり過ごしてきた。徹底的に相手の存在を無視すれば、何も起こらない。岡本はそう自分に言い聞かせた。

皮肉だけど、その注意深さがかえって仇になってしまったんだ。

 

乗客の列が前へ前へと押しこまれていく。

岡本もそれに流されるように運転席側へと進むしかなかった。

だんだんと〈ヤツ〉との距離が詰まる。

 

おっかなびっくり顔を伏せていた岡本は、いよいよ視界にその〈両足〉を捉えた。

相当な近さだ。

前方の乗客がその両足を踏みつぶすのがみえた。

 

次は自分の番だ。

少し首を左に傾ければ、相手の〈顔〉が見えてしまうだろう。

考えて、急に岡本は恐ろしくなった。こんなにも間近に幽霊がいるのは、そうそうないことだったからだ。

 

そして岡本は、なかば無意識のうちに、絶対にやってはいけないことをしてしまったんだ。

「おまえ、俺のことが見えているな!」

 

気づいたときにはもう遅かった。

岡本は、顔さえ合わせなければいいと自分に言い聞かせるあまり、通路に投げ出された幽霊の両足をまたいでしまったんだ

「おまえ、俺のことが見えているな!」

 

幽霊は、自分の存在を認識した岡本に、ずっとそうやって叫び続けたらしい。

岡本はもうすっかり怯えてしまって、とにかく無視を決め込んで、バスが大学に着くまでのあいだ、ずっと聞こえないフリをするしかなかった。

さいわい、幽霊はけっきょく座席に座ったまま叫び続けるだけで、なにか直接的に危害を加えることはなかったそうだ。

 

……いやしかし、ほんとうにおっかない話だよ。

ようするにあの幽霊は、わざと足を投げ出して、自分の姿がみえる人間を探していたんだろう。

そして岡本は、まんまとその罠に引っかかっちまったわけだ。

 

その計算高さというか、ちゃんと「思考」を働かせて霊感をもった人間を区別しようとするところが余計に恐ろしいと思うよ。

でも幽霊ってのは、自分の姿がみえる人間をみつけて、いったいなにをしたいんだろうな。

それがわからないっていうのも、また怖い話だ。

 

とくに岡本のような人間は、みえるだけで言葉が通じないんだから、なおのこと恐怖に感じるのだろうね。

 

 

(第2話へ続く……)



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石山 広尚(いしやま ひろなお) 1991年うまれ。 札幌在住のライター。 一時期は社会学の研究者を志していたが、ひょんなことから友人と同人誌をつくることになり、それがきっかけで「創作」の世界にどっぷりハマる。小説サークルを主宰し、「批評」の重要性を痛感する。 ・大学院時代の専門:思想史と社会学 ・好きな作家:H.G.ウェルズ、オー・ヘンリー、ポール・ギャリコ、スティーブン・キング ・好きな映画:ゴッドファーザー、第三の男、ターミネーター2