「自分の考え」が欲しいなら一冊の本を極めろ!



〇たくさん本を読めば賢くなる!?

 

あるときわたしは、

「自分の考えを持っていて羨ましい」なんてことを言われたことがあります。

そして、

「どうやったらそんな風にものを考えられるの?」

とも訊かれました。

 

そのときわたしは、十数年前、まだ自分が中学生だったころの自分を思い出しました。

「自分の意見をしっかり言えるような人間になりたい!」

「政治とか経済について語れるようになりたい!」

なんてことを、一丁前に考えていた時代でした。なんだかとても懐かしいです。

 

自分の意見をしっかり発言できると、頭が良さそうでカッコイイ。

 

みなさんもそう思いませんか?

少なくとも当時のわたしはそう思っていました。だから、評論番組を一生懸命みたり、手あたり次第に難しそうなことを書いている本を読み漁りました。

 

けれど、ほとんど頭に入ってきませんでした。

なぜなら、読めば読むだけ新しい知識(情報)が更新されていくからです。

 

当時中坊だったわたしの知識量では仕方のないことだったかもしれません。

事前のインプットがあまりに少なすぎて、とても「自分の頭で考える」(=知識のアウトプット)余裕がなかったわけです。

 

そして次第に、頭がこんがらがってイヤになっていきました。読み続けていけばいくほど、理解できない自分が情けなくなっていくからです。

 

しかし、そういう苦い経験を積み、いまになってわたしは、

「自分の考え」を持てるようになるにはどうすればいいのか

という問いに、ある程度確信をもって答えることができるようになりました。

わたしなりに答えはあります。

 

まずは手当たり次第に本を読むことをやめてみましょう。

そして

腰を落ち着けて、一冊の本をじっくり何度も読んでみましょう。

〇一冊の本を軸にして世界を広げていく

二度読む価値のないものは、一度も読む価値はない

 

これは著名なドイツの社会学者マックス・ウェーバー (1864-1920) の言葉です。

 

学者というのは、たいてい、自分に影響を与えた本を最低でも一冊はもっているものです

 

学者ではありませんが、わたしにもそういう本があります。それも複数。

そのなかの一冊には、それこそウェーバーの著作がランクインしています。

『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』という本がそうです(もとはウェーバーの論文なので、通称「客観性論文」とも呼ばれています)。

 

他には、

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの『青色本』

ソースティン・ヴェブレンの『有閑階級の理論』

ウィリアム・ジェイムズの『プラグマティズム』

 

などが、わたしの思考に多大な影響を与えました。運命の出会いと言っても過言ではありません。

そしてわたしはこれらの本を、何度も何度も読み返しました。

影響を受けた本とは、何度も読み返した本でもあるのです。

 

なぜそんなことをするのでしょう?

それは、

彼らの思考(ものの見方、考え方)を自分のものにする

ためです。

 

では、それがいったいなんの意味をもつのか?

あるひとりの思想家の視点をトレースすることで、物事を考える足がかりを得ること。

そこにこそ意義があるのです。

 

べつに、コムズカシイ哲学書や理論書である必要はありません。

あくまで大事なのは、ある誰かの脳みそを借りて物事を考えてみることなのです。

 

つまり、

本田宗一郎の本を読み、その哲学に感銘を受けたなら、ためしに世の中の出来事を本田宗一郎っぽく考えてみればよいのです。

 

ポイントは、

一冊の本(思想)をのぞき窓にして世の中をみてみる

こと。

 

この感覚がとりもなおさず大事なのです。

自分の考えをもてるようになる一歩は、まずはそこから始まります。

 

慣れてくると、本を読めば読むだけ、世の中の眺め方の【パターン】が増えていきます。

 

パターンを増やしていくと、気づけばわたしたちは、複合的なものの見方・考え方をできるようになっています。

 

すると、ストックしているさまざまな思考パターンが混ざり合い、化学反応が起きて、新たな知見をうみだすことがあります。

じつはそれが、自分らしい考え方の芽吹きを意味しているのです。

 

〇「自分らしい意見」は突如として真空から生まれるわけではない

 

じつは古今東西の哲学者も、こうした他人の思考のトレースの過程をへて独自の「自分の考え」を得てきました。

つまり彼らの哲学にはほぼ必ず元ネタがあるのです。

 

えてしてオリジナリティとは、他者を真似ることから生み出されていくものです。

 

スポーツ選手は、自分の憧れている選手のフォームを真似たり参考にするでしょう。

 

小説家は、好きな作家の文章を研究するはずです。かの村上春樹氏も、スコット・フィッツジェラルドの文章を徹底的に分析したといいます。

 

マイケル・ジャクソンは、あるときインタビューで、自分の音楽はすべて先駆者たちの延長にあると誠実に答えていました。

 

また、『サンセット大通り』『第十七捕虜収容所』『麗しのサブリナ』『七年目の浮気』でおなじみの映画監督ビリー・ワイルダーは、自分の部屋に

「ルビッチならどうするだろうか?」(How would Lubitsch have done it ?)

という言葉を額縁にいれて飾っていました。

映画演出の基礎をもたらした奇才の映画監督、エルンスト・ルビッチ。彼はワイルダーの師匠でもありました。

弟子であるワイルダーは、アイディアに煮詰まったとき、かならず「ルビッチならどうするだろうか?」と己に問いかけたと言います。

 

そうです。

独自性というのは、誰からの影響も受けずして生じることはないのです。

 

〇「これ、おかしいな」という気づきを大事にする

 

わたしのなかで、他人の思考をトレースするうえで絶対にやってはいけないことがあります。

 

それは、

盲目的にその著者の考え方を信じようとする

ことです。

 

あまりに感銘を受けすぎて、「この人の言うことはいつも正しい」と決めつけてしまう。

 

これ、けっこうありがちです。

 

わたしたちは気をつけたいものです。

 

必要なのは、

影響をうけた元ネタを【批判的に】継承する

ことです。

 

言い換えれば、批判的に継承するとは、

その思想の【限界】や【弱点】を発見し、自分なりに克服しようとすること

です。

 

そもそもの話

かなり突き放した言い方をしてしまえば、

完璧に他者の思考をトレースすることはまず不可能です。

 

なぜなら、

思考の動きというのは、文章だけではとても再現できない複雑怪奇なものだからです。

 

それに、

思考するその人自身も、絶えず変化しています。

 

本を書いた次の日には、すでにその人はまた新たな知の領域に踏み込んでいることがあります

 

その時点で、著者と読者とのあいだには、解消不可能な時間のズレが生じてしまうのです。

 

だから、そういう意味で、思考(思想)の完全なトレースはムズカシイのです。

 

あくまで大事なのは、

他人の考えに接していくなかで、

「その考え方はどうかなあ。なにか納得がいかないぞ」

「これを応用すると、こういう考え方もできるんじゃないか?」

といったような、様々な自分自身の気づきなのです。

 

つまり、その一冊の本に対して

納得できる部分

納得できない部分

があるという事実がなににもまして大切なのです。

 

その意識を自覚したのなら、あなたは次の本を手にとるべきです。

 

新しく出会うその本は、もしかすると、以前の本と同じようなことを言っているかもしれないし、以前に抱いていた疑問、モヤモヤを晴らしてくれるような、新しい視点を示してくれているかもしれません。

 

そしてそして、

いち読者でしかなかったあなたは、

誰かの思考と誰かの思考をつなぎあわせ、統合していくなかで、誰のものでもない自分自身の思考を獲得しているのです。

 

これがまさに、批判的継承です。

 

だからこそ、

「あれ、おかしいな」と違和感をもつ自分の心の声に素直に耳をかたむけましょう。

 

「自分の考え」をもてるようになるかどうかは、すべてそこにかかっています。

 

 

わたしの大好きな一冊。ヘルマン・ヘッセといえば、日本の教科書でもおなじみの作家。

『少年の日の思い出』は世代をこえて読み継がれています。他にも『車輪の下』『デミアン』が有名でしょうか。

「どこかのお偉いさん方が勧めるような、”絶対に読まなきゃいけない本”なんてものはない!きみが読みたいと思った本が最良の本である!」

『ヘッセの読書術』を読めば、【本との誠実な付き合い方】を学ぶことができるはずです。

まさに、「本を読む前に読んでほしい本」



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ABOUTこの記事をかいた人

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石山 広尚(いしやま ひろなお) 1991年うまれ。 札幌在住のライター。 一時期は社会学の研究者を志していたが、ひょんなことから友人と同人誌をつくることになり、それがきっかけで「創作」の世界にどっぷりハマる。小説サークルを主宰し、「批評」の重要性を痛感する。 ・大学院時代の専門:思想史と社会学 ・好きな作家:H.G.ウェルズ、オー・ヘンリー、ポール・ギャリコ、スティーブン・キング ・好きな映画:ゴッドファーザー、第三の男、ターミネーター2